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東京高等裁判所 平成8年(ネ)1832号 判決

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人及び同補助参加人の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求めた裁判

控訴人及び同補助参加人は、「原判決を取り消す。平成七年一二月二二日付被控訴人の訴えの取下げを無効とする。被控訴人の訴えを却下する。訴訟費用は、被控訴人代表者小林年子、同訴訟代理人横地利博、向井千景の連帯負担とする。」との裁判を求め、被控訴人は、主文第一項と同旨の裁判を求めた。

第二  当事者双方の主張及び証拠関係

一  当事者双方の主張

当事者双方の主張については、次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」中の一及び二記載のとおりであるから、これを引用する。

1 控訴人及び同補助参加人の主張

(一) 原判決の判断は、民事訴訟制度における確定の権利ないし利益の意義を否定し、濫訴を助長するだけでなく、適正、公平、迅速、経済を期する民事訴訟制度の理念に反し、憲法三二条、裁判所法三条一項の趣旨に反するものである。

(二) 訴訟要件の欠缺を理由に訴えを不適法として却下する訴訟判決は、裁判権、当事者適格等の個々の訴訟要件の欠缺により訴えを不適法とする判断に既判力が生じ、訴えを却下する判決の後に再び同一の訴訟要件の欠缺のまま同じ請求をする訴えを提起しても、前訴判決の既判力によって再訴が却下されることになり、このような民事訴訟における確定の権利ないし利益は、訴訟当事者である原告、被告の双方に認められるものである。原判決のように、本件訴えの被告である控訴人が訴訟要件につき消極的な確定の利益を有しないとすることは、被控訴人による訴えの提起、その取下げの繰返しを認めることになり、濫訴を容認することになる。被控訴人の本件訴えは、小林年子が代表者として代表権を冒用しているから、訴え却下の判決により終了させるべきである。

(三) 控訴人は、原審において、本案について答弁書を提出する等しており、被控訴人の当事者適格に関する審理とともに、本案に関する審理が行われたものであるから、民事訴訟法二三六条二項所定の控訴人らの同意がなければ、訴えを取り下げることができない場合に当たる。

(四) 被控訴人の本件訴えの取下げは、取下権の濫用であり、許されない。

(五) 訴訟費用の負担については、小林年子が代表権を冒用しているから、代理権欠缺に関する民事訴訟法九九条の規定を類推して、小林年子及び被控訴人代理人横地利博、向井千景の連帯負担とすべきである。

2 被控訴人の反論

控訴人の主張をいずれも争う。

二  証拠関係《略》

第三  当裁判所の判断

当裁判所も、被控訴人の本件訴えの取下げは、控訴人及び同補助参加人の同意を要せず有効であり、本件訴えは、右取下げにより終了したものと解するものであり、その理由は、次に付加するほか、原判決の「事実及び理由」中の三記載の理由と同じであるから、これを引用する。

一  控訴人らは、まず、原判決の判断は、適正、公平、迅速、経済を期する民事訴訟制度の理念に反し、憲法三二条、裁判所法三条一項の趣旨に反するものである旨を主張する。

ところで、裁判所は、憲法に特別の定めがある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有するものであり(裁判所法三条一項)、民事訴訟においては、原告が訴訟において審判の対象とした権利又は法律関係の成否を判断するものであるが、その判断を行う前提として、管轄権、当事者能力、訴訟能力、訴えの利益等の訴訟要件を備える必要があることは、民事訴訟の制度上当然に要請されるものである。また、民事訴訟においては、裁判所は、原告による訴えの提起がなければ判決をすることができないし、原告が請求の趣旨として申し立てた事項についてのみ判決することができるものであるのみならず(民訴法二二四条、一八六条)、原告は、民訴法二三六条所定の制約があるものの、判決の確定に至るまではいつでも訴えを取り下げることができるものである(民訴法二三六条)。このような民事訴訟制度が憲法三二条に違反するものでないことは明らかである。

これを本件についてみると、記録によれば、控訴人らは、被控訴人の管理費等を請求する本件訴えに対して、主位的に、訴訟要件の一つである被控訴人代表者の代表権の有無を争っていたところ、被控訴人が本件訴えを取り下げたため、原裁判所は、民訴法二三六条二項所定の控訴人らの同意を要することなく、その訴えの取下げを有効として、本訴訴えの取下げにより本件訴訟が終了した旨の原判決をしたことが認められる。控訴人らの主張は、右の訴訟要件の存否にかかるものであり、民訴法二三六条の規定の解釈をめぐるものであって、憲法三二条、裁判所法三条一項違反の問題を生じるものではない。したがって、控訴人らの右主張を採用することはできない。

二  控訴人らは、次に、訴訟要件の欠缺を理由に訴えを不適法として却下する訴訟判決についても既判力を生じ、原判決のように、本訴訴えの被告である控訴人に、訴訟要件の消極的な確定の利益がないとすることは、被控訴人による訴えの提起、その取下げの繰返しを認めることになり、濫訴を容認することになる旨を主張する。

既判力は、本来、民事訴訟の審判の対象になった権利あるいは法律関係につき判断された確定判決に認められる判決の効力であると解されるところ、他方、訴訟要件を欠くとして訴えを却下する訴訟判決がされ、これが確定した場合において、訴訟要件の欠缺につき既判力が認められないとすると、濫訴の弊害が生じるおそれがあることは、控訴人らの指摘するとおりであり、訴訟判決に既判力を認めるべきかどうかについては、従来から議論があるところである。

しかし、本件においては、控訴人らは、被控訴人による本件訴えの提起に対して、被控訴人代表者の代表権の存在を争うものであるが、仮に当事者の代表権の欠缺を理由とする訴訟判決がされても、それは、その訴訟の口頭弁論の終結の時点における代表権の欠缺を確認するにすぎないのであって、後に訴えが提起された場合には、その時点で再度代表権の有無を判断する必要があるものであり、訴訟判決に既判力を認めるとの立場に立ったとしても、このような訴訟判決には既判力を認めるべき利益がないといわざるを得ない。そうすると、控訴人らは、被控訴人代表者の代表権の欠缺に関する消極的確定の利益を有しないと解するのが相当であるから、控訴人らの右主張も採用することができない。

三  控訴人らは、原審において本案につき答弁書を提出する等して本案に関する審理が行われたものであるから、民事訴訟法二三六条二項所定の控訴人らの同意がなければ、訴えを取り下げることができない場合に当たる旨を主張する。

記録によれば、控訴人らは、被控訴人の管理費等を請求する本件訴えに対して、終始、主位的に、訴訟要件の一つである被控訴人代表者の代表権の有無を争い、本件訴えの却下を求めていたこと、控訴人らは、平成七年一月二七日付の準備書面を提出したが、同準備書面には、予備的に、被控訴人の主張にかかる請求原因のうち、管理費等の支払につき認否をし、本案に関する主張の記載がされていたことが認められるところである。しかし、控訴人らが主位的に訴訟要件の欠缺を争い、本件訴えを却下する旨の判決を求め、予備的に本案について主張している本件においては、控訴人らは、本来、本案である権利あるいは法律関係の存否に関する判決を求めているものとはいえないから、民訴法二三六条二項の規定によって保護される控訴人らの本案である権利あるいは法律関係の存否の確認に関する利益が侵害されるものではない。したがって、右のように、控訴人らが予備的に本案に関する主張を記載した準備書面を提出したからといって、被控訴人が本件訴えを取り下げるにつき控訴人らの同意を要すると解することは相当ではないから、控訴人らの右主張も採用するに足りないものである。

四  控訴人らは、被控訴人の本件訴えの取下げは取下権の濫用であって許されない旨を主張するが、右主張を採用することができないのは、原判決三枚目裏六行目から同四枚目表四行目記載のとおりであり、被控訴人が本件訴えを取り下げることが権利の濫用であると認めるに足りる証拠はない。したがって、控訴人らの右主張も採用することはできない。

五  控訴人らは、さらに、訴訟費用の負担については小林年子が代表権を冒用しているから、代理権欠缺に関する民訴法九九条の規定を類推して、小林年子及び被控訴人代理人横地利博、向井千景の連帯負担とすべきである旨を主張する。しかし、民訴法九九条の規定は、法定代理人又は訴訟代理人として訴訟行為をした者がその代理権等の授権があったことを証明することができず、又は追認を得ることができなかった場合において、その訴えを却下したときに、その訴訟費用を代理人として訴訟行為をした者に負担させるとの規定であるところ、本件においては、本件訴えが取り下げられたものであり、右規定が適用されるものではないし、右規定を類推適用すべき合理的な根拠がないから、控訴人らの右主張は、その前提を欠くものであり、採用し難い。

六  以上のとおり、控訴人らの各主張は、いずれも採用することができないし、被控訴人による本件訴えの取下げは、控訴人らの同意を要せずに有効であると解するのが相当であるから、本件訴訟は、右取下げにより終了したものである。

第四  結論

よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条、九四条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 伊藤瑩子 裁判官 升田 純)

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